以前書いた記事の続きです。
私は実家に自分の部屋がありませんでした
私の実家は古くて狭い団地です。
兄は自分の部屋がありましたが、私は自分の部屋がありませんでした。
勉強机は父の部屋にあり、父が寝ていたりテレビを見ている横で私はいつも勉強をしていました。
6畳の狭い居間で家族みんなでご飯を食べたりテレビを見たりし、寝る時間になるとその居間に私と母の布団を敷いて寝る毎日・・・
中学・高校と多感な時期に、私にはプライベートな空間なんてありませんでした。自分の部屋を持っている兄はズルいと、ずっと思っていました。
高校生になると、勉強は学校で友達としてきたり、塾や図書館に行ってやっていました。なるべく家にはいたくなかったのです。
一日も早く家を出たいと思っていた私は、地元の東京ではなく地方を中心に就活を行いました。地元でも寮が完備されている会社を探しました。
でも当時は就職氷河期だったのでなかなか就職が決まらず、最初に決まった会社が東京の会社で自宅から通えるところだったため、寮に入ることも一人暮らしをすることもできなかったのです。
早く家を出たかったから、私は20代前半の若い時に結婚をしました。実家を離れることに、何の未練もありませんでした。むしろ喜んで家を出て行ったのです。
生まれる前から自分の部屋を用意されていた我が子は幸せ者
マイホームを建てた時、私達にはまだ子供がいませんでした。
でも2階には、子供部屋を2つ作りました。男の子と女の子用の部屋を1部屋ずつ。
子供は2人欲しいと願望があったからです。
生まれる前から、自分の部屋が用意されているなんて、どんなに幸せなことでしょうか。
私は学生時代、心の底から自分の部屋が欲しかった。
夫も兄弟と一緒の部屋で、自分一人の部屋はありませんでした。
子供には私達のような思いをさせたくない。私達夫婦はそう思っていました。
「誰にも邪魔されない。自分だけの居場所がある」
それだけで、人生の充実度って変わってくると私は思います。学生時代は特に。
当たり前に自分の部屋が用意されている人にはきっとわからないことでしょうが・・・
我が家の子供達は、小学校入学時に義両親が勉強机を買ってくれました。
中学入学時にはベッドとエアコンを買ってあげたので、完璧な子供部屋になりました。
娘がピアノを習いたいと言えば、ピアノも買ってあげました。
それらが積み重なり、お金がないのに無理をしてしまい、後に2回目、3回目の借金を作ってしまうことに繋がるのですが・・・
それはまた後日、詳しく書きます。